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中村 晋作 Shinsaku Nakamura |
「音響調整」と聞くと、イコライザーを触って音を整える作業を思い浮かべる人は多いと思います。
僕自身も、会場の音に違和感があると、まず「どの周波数を上げるか、下げるか」と考えてしまうことがあります。
ただ、実際に結婚式場やイベント会場の音を調整していると、EQを触る前に確認した方がいいことが意外と多いです。
スピーカーがどこまでの帯域を担当しているのか。サブウーファーとのバランスはどうか。出力レベルは適正か。会場の広さや天井の高さ、壁や床の反射で、実際にはどう聞こえているのか。
調整を進める中で、「これはEQだけの問題じゃないな」と感じることは何度もありました。
僕が考える会場音響調整は、きれいな周波数特性を作る作業ではありません。
その会場、その設備、その用途の中で、自然に聞こえて、必要な音量が出せて、本番で破綻しにくい状態を探していく作業です。
今回は、この連載の最初として、僕が実際の会場調整で何を考えているのか、その基本的な考え方を整理してみます。

会場の広さや天井高、床・壁などの反射面によって、同じ音響設備でも聞こえ方は変わります。
測定ソフトを使っていると、どうしてもグラフの形が気になります。
周波数特性に大きな山や谷があれば直したくなりますし、設定したターゲットカーブに近づくと、「うまく調整できた」と思いたくなります。
でも、実際の披露宴で大事なのは、グラフがきれいかどうかではありません。
僕が最終的に確認しているのは、もっと実際の運用に近い部分です。
会場によっては、全部を理想通りにするのは難しいです。
特に既存設備の調整では、スピーカーを自由に動かせるわけでもありませんし、使える処理も機材によって違います。
だから僕は、
今ある条件の中で、どこまで自然で安定した状態に持っていけるか
を考えています。
音に違和感があると、GEQ(Graphic Equalizer/グラフィックイコライザー)を触りたくなります。
操作すればすぐ音が変わるので、分かりやすいからです。
僕も以前は、違和感を感じた帯域をそのままEQで直そうとすることが多かったと思います。
ただ、最近の調整では少し考え方が変わってきました。
例えば、ある会場で低音のモコつきが気になったことがありました。
最初に思いつくのは、GEQで低域を下げることです。
でも、その会場ではメイン側のスピーカーとは別に低域を担当するスピーカーがあり、まず「どのスピーカーが、どのあたりまで音を出しているのか」を見直しました。
そこで、単純にGEQで削る前に、スピーカー同士の担当帯域やバランスそのものを整理した方が良いのではないかと考えました。
こういう経験が増えてくると、
「どの周波数を触るか」より先に、「なぜこう聞こえているのか」を考える
ようになります。
EQは重要な道具です。
でも、EQは音響調整そのものではなく、原因を整理したあとに使う手段の一つだと思っています。
会場を調整するとき、僕はOpen Sound Meterという音響測定ソフトを使っています。
測定用マイクを会場内に置いて、実際に鳴っている音の周波数特性などを確認します。
ただ、測定を始めたからといって、急に「正解」が分かるようになったわけではありません。
むしろ、測ってみたら自分の予想と違っていた、ということもあります。
耳では「ここが足りない」と感じていたのに、測定するとそれほど不足していなかったり、逆に気にしていなかった帯域が大きく出ていたりします。
そういうときに、測定結果を見てからもう一度聞き直すと、「確かにそうかもしれない」と感じることがあります。
僕が測定を使う一番の理由は、正しい設定値を教えてもらうためではなく、自分の判断に別の材料を加えるためです。

Open Sound Meterを使った実際の測定。測定結果は「答え」ではなく、聴感と合わせて判断するための材料として使っています。
人間の耳は、思っている以上に安定していません。
長時間音を聞いていると慣れますし、疲れている日とそうでない日でも印象は変わります。
実際、一度良いと思って作った設定を、別の日に聞き直して「何か違う」と感じることもあります。
逆に、測定グラフだけでも判断はできません。
グラフ上では少し凹凸があっても、音楽を聞くと自然なことがあります。
反対に、測定結果は悪くないのに、実際に聞くと音が遠かったり、耳についたりすることもあります。
なので、今の僕の中では、
測定で迷いを減らし、最後は耳で決める。ただし耳だけも信じすぎない。
という考え方に落ち着いています。
測定するときは、目標とする周波数特性、いわゆるターゲットカーブを基準として使います。
ただ、僕はターゲットカーブにぴったり合わせることを目的にはしていません。
実際に調整していると、そんなにきれいには進みません。
測ってみる。
少し調整する。
音楽を聞く。
思っていたより良くない。
また測る。
設定を戻す。
別の原因を疑う。
ということも普通にあります。
だから、ターゲットカーブは「ここに合わせれば完成」という答えではなく、
判断に迷ったときに戻ってくる基準
に近い感覚です。
耳だけで考えていると、調整を重ねるうちに基準が少しずつ動いてしまうことがあります。
そんなときに測定結果を見ると、「今、自分はどちら方向に動かしているのか」を確認できます。
僕にとっては、それくらいの使い方がちょうどいいです。
これは最近の調整で、特に印象に残ったことです。
天井が高く、残響の影響を受けやすい会場を調整していたとき、音楽を聞いていて「少し音が遠い」と感じました。
最初に考えたのは、中低域あたりの量が足りないのではないか、ということでした。
もう少し厚みが出れば、音が近く感じられるのではないかと思っていました。
そこで調整を進めたのですが、どうも納得できませんでした。
数値上は大きくおかしいわけではない。
でも、聞いたときに何か違う。
こういうとき、以前作ったEQに少しずつ修正を足していくこともできます。
ただ僕は、一度GEQをリセットして、最初からやり直すことがあります。
今回もそうしました。
前の設定を残したままだと、「ここはこれくらいで合っているはず」という思い込みが残ります。
一度ゼロに戻して測り直すと、最初とは違う見え方がしました。
足りないと思っていたのではなく、むしろ低域から中低域が多く、その上にある音の輪郭を隠しているのではないか。
そう考えて、今度は足すのではなく、余分だと感じる帯域を整理する方向に変えました。
すると、結果として音像はむしろ近く感じられるようになりました。
この経験から、改めて感じたことがあります。
本当にその帯域が不足しているのか。別の帯域が多すぎて隠していないか。
足りないと感じる音があるときこそ、ここを考えた方がいい。
この考え方は、今後の調整でもかなり重要だと思っています。
最近調整した二つの披露宴会場も、音の性格はかなり違います。
一方は比較的天井が低く、スピーカーからの直接音を感じやすい会場です。
こちらは音が近く感じやすく、パンチも出しやすい反面、低域が多くなるとすぐにモコつきます。
もう一方は天井が高く、硬い反射面も多いため、残響の影響を受けやすい会場です。
こちらでは、同じ音源を鳴らしても少し音が遠く感じやすいです。
以前は、片方で気持ちよく聞こえた音を、もう片方にも持っていきたくなることがありました。
でも、今はそれをあまり考えないようにしています。
例えば、直接音が強い会場と同じ「近さ」を、残響の多い会場で無理に作ろうとすると、低域や中低域を増やしすぎたり、高域を強調しすぎたりして、別の違和感が出ます。
会場そのものの響きが違う以上、完成形も違って当然です。
僕が今意識しているのは、
別の会場と同じ音を作ることではなく、その会場で自然に成立する音を探すこと
です。
会場音響の調整では、「理屈としてやりたいこと」と「実際にできること」が一致しないこともよくあります。
実際、僕が担当している会場でも、設備によって調整できる範囲はかなり違います。
ある会場では、スピーカーは天井に固定されていて動かせません。
使っているシステム側でも、細かいディレイまで自由に追い込めるわけではありません。
その場合は、プリセットやレベル、フィルター、GEQなど、実際に変更できる部分を使って調整します。

会場に固定設置されたスピーカー。既存設備では、変更できる範囲を把握したうえで、効果の大きい部分から調整していきます。
一方で、DSP(Digital Signal Processor/デジタル信号処理装置)が入っている別のシステムでは、出力ごとのEQやディレイ、HPF(High Pass Filter/低い周波数をカットするフィルター)、LPF(Low Pass Filter/高い周波数をカットするフィルター)、リミッターなど、もっと細かいところまで触れます。
調整できる項目が多い方が便利なのは間違いありません。
ただ、項目が多ければ自動的に良い音になるわけでもありません。
実際の現場では、
「この会場では、どこまで変更できるのか」
「今感じている問題に対して、どの調整が一番効果がありそうか」
を先に考える方が大事です。
理想的な処理ができない部分をずっと気にするよりも、今変えられるところの中で効果が大きい部分から手を入れる。
これも、実際の会場調整ではかなり重要な考え方だと思っています。
結婚式場の調整で、特に難しいと思うのが音楽とマイクの両立です。
披露宴では同じ音響システムから、
など、かなり性質の違う音を再生します。
僕自身、音楽を聞きながら調整していると、つい「この曲が気持ちよく聞こえるか」に意識が寄りがちです。
でも、それだけで終わると本番では困ります。
音楽はすごく良く聞こえるのに、マイクを必要なところまで上げるとハウリングしてしまう。
これでは披露宴の音響としては使いにくいです。
逆に、ハウリングを恐れて中高域を大きく削りすぎれば、マイクの言葉が聞き取りにくくなったり、音楽の輪郭まで失われたりします。
なので、最終的には音楽を聞くだけではなく、実際にマイクを出して確認します。
僕が結婚式場の音響で目指しているのは、
音楽の自然さと、必要なマイク音量まで上げられる安定性の両立
です。
音楽だけを切り離して考えられないところが、結婚式場の音響調整の難しさでもあり、面白さでもあると思っています。
ここまで書いてきたように、僕は会場音響調整を「正しいEQ値を探す作業」だとは考えていません。
実際、今回の調整でも一度作った設定に違和感があり、GEQをリセットして最初からやり直しました。
最初に考えた原因が違っていたこともあります。
測定結果を見て考え直したこともあります。
一度良いと思った音を、別の日にもう一度確認したこともあります。
こうして振り返ると、調整は一直線には進んでいません。
測定する。
聞く。
仮説を立てる。
調整する。
もう一度聞く。
違えば戻す。
別の可能性を考える。
この繰り返しです。
遠回りに見えることもあります。
でも、違和感を残したまま設定を継ぎ足していくよりも、一度前提を外して考え直した方が原因が見えやすいこともあります。
会場音響調整とは、きれいな測定グラフや決まったEQカーブを作ることではありません。
会場・設備・用途を理解し、耳と測定を行き来しながら、今ある条件の中で最も自然で安定し、破綻しにくい状態を探していく作業です。
そして、その答えは会場によって変わります。
次回からは、実際に会場を調整するときに何を確認し、どんな機材を使い、どの順番で測定しているのか。
今回触れた実際の会場調整も交えながら、もう少し具体的に整理していきます。
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Posted by Shinsaku Nakamura
佐賀 所長代理/ディレクター/クリエイター 中村 晋作
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